スリランカ風百人一首




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秋の田の かりほの庵(いほ)の 苫(とま)をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ
【天智天皇】
春過ぎて 夏来(き)にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香久山
【持統天皇】
わが庵(いほ)は 都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と 人はいうなり
【喜撰法師】
秋の田の中にある、刈り取った稲穂の番をする仮小屋で寝ていると、茅葺屋根の編み目が粗いので、私の着物の袖は、滴り落ちる夜露にずっと濡れどおしだよ。 春が過ぎて、いつのまにか夏がやってきたらしい。天の香久山に、あのように白い衣が干してあるよ。 わたしの粗末な住まいは、都の東南にあり、わたしはここでこのように静かに暮らしている。それなのに世間の人は、わたしが世の中を住みづらいと思って、この宇治山にのがれ住んでいると言っているようだ。
天(あま)つ風 雲の通ひ路 ふきとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
【僧正遍昭】
筑波嶺(つくばね)の 峰より落つる 男女川(みなのがわ) 恋ぞつもりて 淵となりぬる
【陽成院】
立ち別れ いなばの山の 峰に生(お)ふる まつとし聞かば 今帰り来(こ)む
【中納言行平】
空ふく風よ、雲の中にあるという天と地上を結ぶ道をふき閉ざしておくれ。舞い終わって天に帰っていく美しい舞姫の姿をもう少しここに留めておきたいから。 筑波山の峰から流れ落ちる男女川が、しだいに水かさを増して深い淵になるように、貴方を思う私の恋心も積もり積もって今ではこんなに深い思いになってしまいました。 あなたと別れて因幡の国へ行っても、その因幡の国の稲葉山の峰に生えていると言う「松」の木のように、あなたが私を待っていると言う話を聞いたら、すぐにでも帰ってこよう。
ふくらかに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐というらむ
【文屋康秀】
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか
【壬生忠見】
契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波こさじとは
【清原元輔】
山から風が吹き降ろしてくると、たちまち秋の草木が枯れてしまうので、なるほど、山から吹き降ろす風のことを嵐(野一面を吹き荒らす風)と言うのだなあ。 わたしが恋をしていると言う噂は、早くも世間に広まってしまったなあ。人に知られないように、そっとあの人を恋し始めたばかりなのに。 固く約束しましたね。何度もしぼっては。あの末の松山を、けっして波が越すことはないように、二人の仲もけっしてかわるまいと。それなのに、どうしてあなたは心変わりをしてしまったのですか。
由良の門を わたる船人 かぢを絶え ゆくへも知らぬ 恋の道かな
【曾禰好忠】
明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほうらめしき 朝ぼらけかな
【藤原道信朝臣】
なげきつつ ひとり寝る夜の 明(あ)くる間は いかに久しき ものとかは知る
【右大将道綱母】
由良の海峡をわたる船人が、舵をなくして行く先もわからず、波にただようように、わたしの恋もこの先どうなることか、行方がわからいことだ。 夜が明ければ、やがて日が暮れ、そしてあなたに逢えるとわかっているものの、やはり、あなたと別れる夜明けはうらめしく思われるよ。 あなたが来ないのを嘆きながら、一人で寝ている夜が明けるまでの時間がどんなに長いものか、あなたは知っているのでしょうか。きっと知らないでしょうね。
忘れじの 行く末までは 難(かた)ければ 今日を限りの 命ともがな
【儀同三司母】
大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立 
【小式部内侍】
いにしへの 奈良の都の八重桜 今日九重に にほひぬるかな 
【伊勢大輔】
いつまでも忘れまいとおっしゃる、あなたの言葉が、将来もかわらないということは難しいので、いっそのこと今日を最後にわたしの命を終わってほしいものです。 大江山を越え、生野を通って丹後へといく道は、あまりにも遠いので、まだ天橋立は、この足で踏んでみたことはありません。それに、そこに住む母からの手紙もまだ見ていません。 昔の奈良の都で咲き誇っていた八重桜が、今日はこの宮中で美しく咲き誇っているよ。
夜をこめて 鳥の空音(そらね)は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ 
【清少納言】
嵐ふく 三室の山の 紅葉葉(もみじは)は 龍田の川の 錦なりけり 
【能因法師】
音に聞く 高師(たかし)の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ 
【祐子内親王家紀伊】
夜の明けないうちに、鶏の鳴き声をまねてだまそうとしても、あの中国の函谷関(かんこくかん)なら通れるだろうけれど、この逢坂関はけっして開きませんよ。わたしはあなたに逢いはしません。 激しい嵐が吹き散らした三室山の紅葉の葉が、龍田川に一面に散りしいて、まるで錦の織物のように美しいことだ。 うわさに高い、高師(たかし)の浜の、むなしく寄せては返す波が、袖にかからないようにしましょう。袖が濡れては大変ですから。移り気と噂の高いあなたに思いをかけることもいたしますまい。涙で袖が濡れると困りますから。
高砂の 尾の上(へ)の桜 さきにけり 外山(とやま)の霞 たずもあらなむ 
【前中納言匡房】
ちぎりおき しさせもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり 
【藤原基俊】
わたの原 こぎ出でて見れば 久方の 雲居(くもい)にまがふ 沖つ白波 
【法性寺入道前関白太政大臣】
高い山の峰の上にも、桜がさいたなあ。手前の人里近い山の霞よ、どうか立たないでおくれ。美しい山桜が隠れないように。 あなたが約束してくださった、させも草についた露のように、ありがたいあなたの言葉を、命より大切にしてきましたが、それもむなしく、今年の秋も過ぎてしまうようです。 海原に船を漕ぎ出して見渡すと、遠くの方では白い雲と見分けがつかないように、沖の白波が立っているのが見えるよ。
瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ 
【崇徳院】
淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜寝覚めぬ 須磨の関守 
【源兼昌】
長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝(けさ)は 物をこそ思へ 
【待賢門院堀河】
川の浅瀬の流れが速いために、岩にせきとめられた急流が、いったんは二つに分かれても、また下流で一つになるように、わたしたち二人も、たとえ今は人にじゃまをされても、将来はきっとむすばれようと思う。 淡路島から通ってくる千鳥の悲しげに鳴く声に、いく夜目をさましたことだろうか、この須磨の関の番人は。 あなたの愛が長く続くかどうか、あなたの心もわからず別れた今朝は、わたしの黒髪が乱れているように、心も乱れて、物思いにしずんでいます。
思ひわび さても命は あるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり 
【導因法師】
ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき 
【藤原清輔朝臣】
なげけとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな 
【西行法師】
つれない人のことを思い、なやみ悲しんでいても、それでもやはり死にもしないで、命はなんとかとりとめているのに、つらさにたえきれず流れてしまうのは、涙であったよ。 もし生きながらえたならば、つらいことの多い今のことが、なつかしく思いだされるのだろうか。かつてはつらいと思った昔が、なつかしく思われるのだもの。 なげき悲しめといって、月はわたしに物思いをさせるのだろうか。いや、そうではない。本当は恋のせいなのに、まるで月のせいであるかのように、うらみがましく流れる、わたしの涙であるよ。
難波江の 芦のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき 
【皇嘉門別当】
見せばやな 雄島のあまの 袖だにも ぬれにぞぬれし 色はかわらず 
【院富門院大輔】
わが袖は 潮干(しおひ)に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね かわく間もなし 
【二条院讃岐】
難波の入江にはえている、芦をかった根の一節のような、短い旅のひと夜を、あなたとすごしたばかりに、わたしは一生この身をささげつくして、あなたを恋しつづけなければならないのだろうか。 悲しみの涙で、色までかわってしまった、わたしのそでを、あなたにお見せしたいものです。あの松島にある、雄島の漁師のそででさえ、波にひどくぬれても、色まではかわらないというのに。 わたしの着物の袖は、潮が引いた時でさえ姿を見せない、沖にある石のように、人は知らないでしょうが、あの人を思う涙で、乾く暇もないのですよ。
花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり 
【入道前太政大臣】
風そよぐ ならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける 
【従二位家隆】
ももしきや 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり 
【順徳院】
桜の花をさそって散らす、嵐の吹く庭では、雪のように桜が降っている。だが、本当に年老いて「古(ふ)りゆく」ものは、実は自分の身の上であったのだなあ。 風がそよそよと、ならの葉に吹いている。このなら小川の夕暮れは、涼しくてもうすっかり秋の気分だが、この小川で行われている、6月末の祓いの行事だけが、まだ夏であるしるしなのだなあ。 宮中の古い建物の軒先にはている、しのぶ草を見るにつけても、朝廷の栄えた昔が、どんなに懐かしく思っても、どうにもならないほど懐かしい昔であるよ。